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名古屋地方裁判所半田支部 昭和35年(ワ)32号 判決

判   決

知多郡師崎町大字大井字小浜三一番地

原告

山下斧吉

ほか三名

右四名訴訟代理人弁護士

森田久治郎

同所同字乙一二番地

被告

山本鉱市

右訴訟代理人弁護士

宗本甲治

右訴訟復代理人弁護士

寺沢弘

右当事者間の昭和三五年(ワ)第三二号損害賠償請求事件について当裁判所は左のおり判決する。

主文

被告は原告山下斧吉、同山下ゆき両名に対し金二五〇、〇〇〇円、原告家田政一、同家田志ま両名に対し金二五〇、〇〇〇円及びそれぞれ之に対する昭和三五年一月七日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

訴訟費用は之を四分しその三は原告等の負担とし、その一は被告の負担とする。

この判決は原告等において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することがである。

事実

原告訴訟代理人は

被告は原告山下斧吉、同山下ゆき両名に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告家田政一、同家田志ま両名に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円並びに之等の金額に対する昭和三五年一月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払わねばならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め其の請求の原因として

(一)  被告山本鉱市は漁業を営み二〇馬力ディーゼルエンジン木造漁船『鉱栄丸』(二・九五総トン)の所有者である。

(二)  原告等の居村、師崎町大字大井部落では漁船を所有する者は交替で部落の漁民が漁獲した魚類をまとめて船積みして幡豆郡三河一色港の魚市場に運搬して販売する慣例になつているところ偶々昭和三五年一月六日は被告所有の漁船が当番になつていたので同日早朝鉱栄丸が魚類を積んで大井港から三河一色港に向け出航した。

(三)  訴外亡山下勝及び亡家田政夫(本件事故の被害者)は、鉱栄丸の乗組員ではなかつたが他の漁船の若衆であつたので被告の依頼により被告、訴外山下忠則、同山本勉の三名と共に鉱栄丸に乗つて行つたのである。

(四)  当日は既に強風注意報が出ていたので乗組員達は魚類を魚市場に卸した上急ぎ帰りたいと思つていたところ、被告は二屯半積オート三輪車に満載せる木材(被告方の建築用材)を甲板上に積込み、一二時三〇分頃三河一色港を出航したが、一三時三〇分頃師崎町大井港に向け航行中、師崎第一号灯浮標から北西約一三〇〇米(真方位一二七度、一三〇〇米)の海上において折からの北寄の強風による高波をかぶり一瞬にして鉱栄丸は転覆した。(本件事故という。)

当時、右山下勝及び家田政夫は操舵室の下にある機関室に居たところ、材木が上に積載され出口がふさがれていたので脱出することが出来ず遂に窒息死亡するに至つた。

上部にいた他の三名(被告、山下忠則、山本勉)は転覆した船側につかまつていて救助せられた。

(五)  元来漁船は貨物船と異り、船艙には魚を容れるカンコが入れてあり、カンコに魚が入れてあればその重量により船の重心が下にあるので安全であるが、カンコが空で其の上、船の上部に木材を一杯に積めば重心が船の上部となるので転覆の危険が増大するものである。そこで被告が前記のように鉱栄丸に木材を積込もうとしたとき之を見た人達が『大丈夫か、危険でないか。』などと危んで注意したが被告は『船員の腕がよいから大丈夫だ』といつて木材を積込ませたのである。

而かも前記のように当時強風注意報が出て居り、たださえ航海が危険であるのに貨物運搬用の貨物船でない漁船に木材を満載して出航したために甲板上の積荷のために復元力がなかつたために本件転覆事故を発生せしめたもので全く被告の過失によるものである。

(六)  本件事故で遭難した山下勝は原告山下斧吉、同山下ゆきの六男であり、家田政夫は原告家田政一、同家田志まの三男である。

(七)  右被害者両名はいずれも漁師で年額金二二〇、〇〇〇円乃至二三〇、〇〇〇円の収入があり、諸生活費を差引き金六〇、〇〇〇円は残し両親に渡していたものである。

亡山下勝は昭和一二年九月一三日生、亡家田政夫は同一五年八月二二日生でいずれも普通の健康状態であつたから平均年令まで生存することができるものと考えられ稼働年令は六〇年までと仮定しても、その余命は山下勝は三八年、家田政夫は四一年となる。

又年令に従つて総収入並びに純益ともに増大するのが常識であるから両名の平均純益を年六〇、〇〇〇円と想定し年五分の法定利率をホフマン式計算法に従つて控除計算すれば、将来得べかりし純益の現在価は山下勝は金一、二三七、五二八円(60.000円×20.62547099)家田政夫は金一、三一八、二三五円(60.000円×21.97048380)となる。之は右被害者両名が本件事故により蒙つた物質的損害であり、被告に対し之が損害賠償請求権を有する。

而して原告等は夫々右被害者両名の遺産相続人として被告に対する右損害賠償請求権を相続した。

(八)  原告山下斧吉、同山下ゆきは亡山下勝の葬儀費用として金一三二、一一〇円、原告家田政一、同家田志まは亡家田政夫の葬儀費用として金一二一、一三五円を支出しこれと同額の損害を蒙つた。その内訳は左記の通りである。

費目 山下勝の葬儀費用 家田政夫の葬儀費用

七七忌までの念仏の実 一七、四四〇円 一六、八〇〇円

引導料 五、〇〇〇 五、〇〇〇

役僧礼 二、〇〇〇 二、〇〇〇

棺桶代 一、八〇〇 一、八〇〇

祭檀料其他諸掛 一〇五、八七〇 九五、三三五

合計 一三二、一一〇 一二一、一三五

(九)  被害者両名はともに新制中学を卒業後漁業に従事していたものである。

原告山下斧吉の家庭は原告夫婦に子供七人、原告家田政一の家庭は原告夫婦に子供八人である。原告等はいずれも本件事故による被害者両名の死亡により精神上多大の苦痛を蒙つたので被告に対しその慰藉料として各金一〇〇、〇〇〇円を請求する。

(一〇)  本訴においては原告山下斧吉、同山下ゆきの両名は被告に対し右各損害金並びに慰藉料の内金一、〇〇〇、〇〇〇円を、原告家田政一、同家田志まは被告に対し右各損害金並びに慰藉料の内金一、〇〇〇、〇〇〇円並びに之に対する本件事故発生の日の翌日より支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。

と陳述し、被告の抗弁を否認し、(但し、原告等が被告主張のとおり香典料を受領したことは認める)

立証(省略)

被告訴訟代理人は原告等の請求棄却の判決を求め、答弁として

(一)  原告の請求原因事実中

(1)  被告が漁業を営み鉱栄丸の所有者であること。

(2)  亡山下勝が原告山下斧吉、同山下ゆきの子であり、亡家田政夫が原告家田政一、同家田志まの子であること。

(3)  被告や原告等海老流し漁業者は漁獲した魚類を集荷して順番に三河一色の魚市場へ運搬する慣例であること。

(4)  本件事故が発生した昭和三五年一月六日は鉱栄丸が当番になつていたので被告は鉱栄丸に魚を積載して大井港から三河一色港へ向け出航したこと。

(5)  鉱栄丸の乗組員は被告と亡山下勝、亡家田政夫の外訴外山本勉(被告の弟)、同山下忠則(山下留助の子)の五名であつたこと。

(6)  被告が自己の家を建築する為めに木材を鉱栄丸に積込んだ上同日一二時三〇分頃大井港に向け三河一色港を出港したこと。

(7)  原告主張の海上において一三時三〇分頃突如鉱栄丸は転覆しこの事故のために右山下勝、家田政夫が窒息死亡したこと。

は認めるが、その余の事実は争う。

(二)  被告は海老流し魚業を営む漁業者たる原告山下斧吉、同家田政一、訴外山下浅二郎、同山下留助の四名と組んで以上の五名が漁獲した魚類を輪番で三河一色港の魚市場へ運搬していたものであり、之は相互に運搬経費節約のためになされて来た慣行である而して同業者は夫々当番の船に協力して乗組員を出すことになつていたものであり当時右山下勝、家田政夫は『被告の依頼』によつて鉱栄丸の乗組員となつたものではない。

当番の船に各海老流し漁業者より乗組員を派遣するのは相互に協力するという意味合いと兼ねて各業者の漁獲物の管理並びに魚市場から支払われる売上金受領の為めでもあつた。

(三)  鉱栄丸が三河一色港と師崎町大井港との間の約三分の二、大井港寄りの海上にさしかかつた際、それまで西風であつたのが俄かに北西風に変わつた。風向きが変わる時には突風が起こるのが常でありその際にも強い突風が船腹を襲つたために遂に転覆事故を惹起するに至つたものである。被告が当時鉱栄丸に積込んだ木材の総重量は約一屯程度で、鉱栄丸はこれを優に積込み得るものであり之が為めに本件事故が発生したものではない従つて本件事故は所謂不可抗力によるものであり、被告に過失の責任はないものと信ずる。

(四)  本件事故発生後被告、山本勉、山下忠則の三名は船から脱出したので直ちに被告は山下忠則に、山下勝及び家田政夫の安否を尋ねたところ両名は泳ぐために身軽になろうとして身仕度をしているとのことであつたので再三、再四、一刻も早く脱出するよう船底を幾度となく叩いて催促し同人等はそれに応答したのであるが、遂に脱出の機を逸し死亡するに至つたものである。従つて仮りに本件事故について被告に過失責任があるとしても鉱栄丸転覆の際、機関室にいた山下勝、家田政夫、は山下忠則と同様に脱出し得たにかかわらず着衣を脱いでから脱出しようとするような悠長なことをしていた過失により脱出し得なかつたのであるから被害者の側にも過失がある。よつて原告等の損害賠償の請求につきこの被害者両名の過失を斟酌さるべきである。

(五)  被告は被害者両名の不幸に同情し死亡の翌日原告山下斧吉並びに同家田政一方を訪問し、夫々金一〇〇、〇〇〇円並びに米一俵を手渡して謝意を表したところ、右両名はその翌日やむを得ない事故であつたとして右金員を被告方に返しに来たので被告はその儘では済まされないと思い右両名方に香典として金二〇、〇〇〇円宛を持参して受取つて貰つた次第で人間的な情の立場において種々尽くして来た次第である。

と陳述し

立証(省略)

理由

(一)  争のない事実。

(1)  原被告は何れも漁業を営み、被告は鉱栄丸の所有者であること。

(2)  本件事故の被害者亡山下勝は原告山下斧吉、同山下ゆきの子であり、同被害者亡家田政夫は原告家田政一、同家田志まの子であること。

(3)  原、被告等は従来より海老流し漁業者五名が組んで漁獲した魚類を順番に三河一色の魚市場へ漁船で運搬することになつていたこと。

(4)  本件事故が発生した昭和三五年一月六日は被告所有の鉱栄丸が当番になつていたので当日業者の漁獲した魚類を積んで師崎町大井港より三河一色港に向け出航したこと。

(5)  鉱栄丸の乗組員は被告、被害者両名、訴外山本勉(被告の弟)同山下忠則(訴外山下留助の子)の五名であつたこと。

(6)  三河一色港において魚類を販売してから被告は自己の家の建築用木材を鉱栄丸に積込み同日一二時三〇分大井港に向け同港を出航したこと。

(7)  原告主張の海上において同日一三時三〇分頃鉱栄丸が突如転覆するという事故(本件事故)が発生し、この事故により不幸にも被害者両名が溺死を遂げたこと。

(8)  原告山下並びに同家田は本件事故後被告から香典料として各金二〇、〇〇〇円を受領したこと。

は当事者間に争がない。

(二)  本件事故と被告の不法行為上の責任の有無。

(証拠―省略)並びに本件弁論の全趣旨を綜合して左の通り認定する。

(1)  本件事故発生前の状況。

①  鉱栄丸は昭和三五年一月六日早朝きす約二二五瓩、えび約一八、七五瓩を積んで幡豆郡三河一色港に向け師崎町大井港を出航したこと。

②  乗組員は被告が船長として舵輪を取つて運航に当たり、訴外山本勉が機関士として機関運転に当たり、『おもて手』(甲板員)として被害者両名と訴外山下忠則の三名が乗組んでいたこと。

③  三河一色港において魚類を魚市場で売却した上、船艙に軽量な空のトロ箱約三〇個及び空樽八個位を格納し且つ被告は鉱栄丸の甲板上に自己の家の建築用木材約一二石三斗(四三四貫)を積載して同日一二時三〇分頃大井港に向け三河一色港を出航したこと。

④  三河一色港出航当時の気象状況は西高東低の冬型の気圧配置で強い北西の秀節風が吹いており、事故現場においては一、五メートル前後の波浪が発生したこと。

(2)  被告の過失責任の有無。

①  鉱栄丸の耐航性をみるに船体、機関とも異常なく、漁船としては凌波性は良好であり甲板上に約一二石三斗(四三四貫)の木材を積載した場合約一〇センチメートルの重心上昇を示すが、事故当日の天候状況では適切な操船を行なえば転覆の危険はないと認められるから、被告が三河一色町を右木材を積んで出航したことについては過失責任は認められない。

②  然らば何故に本件事故が発生したかを審究するに被告主張の如く全然不可抗力であつたとは認め難いけれども他面船長としての被告の操船に何らかの過失があつたために本件のような不幸な事故が発生したのではないかと想像せられるが果してどの程度の注意義務違反があつたかについては判然たる証拠は認め難い。之を本件において如何に解すべきかは極めて困難な問題ではあるが、不可抗力であつたという証拠も亦認められない以上被告の過失責任を肯定する外はあるまい。但し以上の理由によつてその過失の程度は極めて軽度のものと認めざるを得ないであろう。

(3)  従つて被告は本件事故について、被害者両名の生命侵害(死亡)について過失による不法行為上の責任を免れることはできないから右被害者両名並びにその両親等が本件事故によつて蒙つた物質及び精神上の損害を賠償する責に任じなければならない。

(三)  損害賠償額の認定。

(証拠―省略)その他本件弁論の全趣旨を綜合して左のとおり認定する。

(A)  被害者両名の生命侵害によつて生すべき将来の得べかりし利益の喪失による損害。

(イ)  生命侵害により生ずる財産上の損害としては被害者が天寿を全うすると仮定して取得するであろうと想定せられる収入から本人のその間に要する生活費を控除した額を将来被害者の得べかりし利益の喪失による損害と認められ、該損害は遺産相続人によつて承継せられ将来取得せらるべきものを一時に請求するときは所謂ホフマン式計算法により中間利息を控除すべきであるとせられている。

(ロ)  よつて本件について考えるに被害者山下勝は昭和一二年九月一三日生れ(当時満二二年)で原告山下斧吉、同山下ゆきの六男、被害者家田政夫は昭和一五年八月二二日生れ(当時一九年)で原告家田政一、同家田志まの三男であり、両名とも当時夫々原告等の扶養親族として家業の漁業を手伝つていたものであり、何れも本人としては所得税も納税していない。従つて当時としては原告主張するように独立して年額二二、三万円の収入があつたものとは認められない。

尤も将来一人前の漁師となれば相当の収入を得るに至ることは勿論であるが、その頃にはいずれも長男でない被害者等は原告等の家から独立した世帯を持つか、他家に養子することになるものと推定せられる。そうなれば被害者等は妻子を養う立場にあり、第一次の遺産相続人はもとより直系卑属たる妻子でなければならない。被害者等の直系尊属たる原告等は妻子等直系卑属が存在しない場合にのみ補充的に遺産相続権を有するに過ぎない。

なるほど本件のような場合相続法の建前からすれば相続開始の際にはまだ被害者等に妻子がないのであるから原告等がその遺産相続人であることには相違ないのである。従つて将来被害者等の長い生涯に亘り得べかりし収益喪失による損害についても一応相続したことになることは従来の判例の示すとおりであろう。

然しながら不法行為に基づく損害賠償額の算定に当たつては被害者と加害者の双方の立場を考慮し厳正なる公平の原則の支配を認めざるを得ないのであるから、一方的に相続法の法理だけから之が解決を図ることは妥当とは考えられないのである。なぜならば偶々事故が被害者の独身時代に発生したがために、実は人生のうち最も収入の多かるべき且つ最も長期に亘るべき妻帯時の収入の喪失による損害であり妻子があれば当然に妻子が相続すべき損害まで両親において之を取得したものとして被害者に請求することは、被害者の両親の側からみて稍過大に陥りやすいと考えるのは誤りであろうか、当裁判所はかかる場合においては被害者の両親としては慰藉料もしくは扶養請求権の喪失による損害として請求するのが妥当なりと考える。

然らば原告等は本件において扶養請求権の喪失による損害を請求しうるか。この点においても被害者等が六男若しくは三男という身分上の地位に鑑みて、原告等に多額の請求権はないものと考える。

当裁判所の右見解は加害者側を不当に利するものではないかとの疑問があるかも知れないが生命侵害による損害賠償責任といえどもいつも将来における得べかりし利益の喪失による損害を賠償しなければならないものでもなく、幼児の場合の如きではないとしても本件の場合でも将来の得べかりし利益の計算そのものも不確定要素が多分に含まれていて原告等の主張自体その計算の基礎が極めて暖昧であり信用するに足りないのであるから、かかる不確実な計算に基づいて何百万円という損害の賠償を請求すること自体甚だ不当な要求と謂わざるを得ない。

従つて当裁判所は之の点に関する原告等の請求は失当として棄却すべきものと判断する。

(B)  被害者両名の葬儀費用。

(イ) 被害者が死亡した場合葬儀費用並びに之に附帯する費用を支出した両親等が之を損害として請求し得ることは勿論であるが、その数額は遺族が民主憲法下の用語としてはやや表現はよくないが『身分相応』の葬儀を営むに必要な費用及び之に附随する費用に限られ従つて遺族の社会的地位、境遇職業等も斟酌して決せられなければならない。

なおこの点について考慮を要する点は地方により葬儀の慣習が異なり『身分相応』にもその費用額において可成りの相違を認められることである。しかしだからといつて派手に行なわれる慣習があるから、派手に葬儀が行なわれた場合はその現実支出額を損害賠償額として是認すべきものであろうか。成るほど地方に慣習が存在する以上慣習に従つて葬儀を行なわざるを得ないのが我国のならわしではあろうがかかる場合その全額を損害賠償額に計上することは躊躇せざるを得ない。そこにはやはり相当の限界を認めるのが公平の原則に適するものと謂わなければならない。

以上の見地に立脚して本件に現われた一切の証拠資料を綜合して考えると、原告等の請求は成るほど実支出に近い数字であるとしても稍過大に過ぎるのではあるまいか。当裁判所としては各被害者の妥当なる葬儀費用はそれぞれ金七〇、〇〇〇円と認定するを相当と考える。

但し原告山下並びに家田は被告から香典料としてそれぞれ金二〇、〇〇〇円を受領しているのであるから原告等が本訴請求に及んだ以上当然之を損害金から控除すべきものとする。

(C)  慰藉料。

(イ) 被害者等の死亡により原告等が精神上多大の衝撃を受けたことは察するに余りあり、之を慰藉するためには金銭をもつては到底満たすことができない程の苦痛であるとは勿論であろう。

(ロ) 併しながら慰藉料として之を加害者に請求するに当たつては之亦公平の原則の支配を認めざるを得ないのであつてこの点にこそ慰藉料額算定の基準が見出されるものと考えざるを得ないのである。

即ち加害者の故意過失の程度、被害者の過失の有無等も亦重点的に考慮されなければならない。

(ハ)  加害者たる被告の故意過失の程度

この点は前段認定のように被告の本件事故に対する責任は極めて軽度の過失責任と認むべきである。

(ニ)  被害者等の過失の有無。

被告は被害者等の死亡については被害者等にも過失があつたと主張する。

なるほど被告本人の供述によれば被害者等が鉱栄丸転覆の直後脱出の方法について多少の過失があつたようにも見受けられないこともないが、所謂過失相殺を主張しうるような過失が存在したことについての立証はないものと認めざるを得ないから被告の過失相殺の主張は採用しない。

(ホ)  被告の事故直後の措置。

被告は本件事故直後直ちに原告山下並びに同家田の両家に金一〇〇、〇〇〇円宛の見舞金を持参し陳謝の意を表したところ、原告等は一旦之を受取りながらその後『気持だけで十分だから』といつて之を被告に返還したので更に葬儀がすんでから再び金一〇〇、〇〇〇円と米一俵宛を原告両家に持参し受取方を懇請したが原告等は米だけを受領し現金は受取らなかつたものであるから、被告としては相当の誠意を尽して原告等を慰藉せんとしたが不幸にして原告等の容れるところとならなかつたものと認められる。被告のこの誠意は十分ではなかつたとしてもやはり慰藉料の算定につき幾分考慮に値いするものと考える。

(ヘ)  以上の外本件に現われた原、被告双方の一切の事情を斟酌し原告等が被告に請求し得べき慰藉料の額は被告の過失責任が極めて軽度であることを特に考慮し各金五〇、〇〇〇円で足るものと考えるが他面、前段に述べたように被害者等の将来得べかりし利益喪失による損害を原告等が相続したという見地からの請求を一切認めない代りに慰藉料の算定の際考慮すべきであるという当裁判所の見解に従い本件においては原告等の慰藉料額は各金一〇〇、〇〇〇円を相当と認定する。

(ト) 以上損害賠償額の算定については或は裁判所の独断であるとの非難があるかも知れないが、元来損害賠償額の算定につき法令の基準がない以上、公平の見地に立ち原、被告双方の立場を十分に考慮して決定する外がないのではあるまいか。而して以上の認定による総額は第三者的見地よりみて当事者双方の納得して然るべき最低限度と略一致するように考えるのは誤りであろうか。

(四)  結び。

(イ)  遅延金損害金について

原告等の本訴請求は不法行為を請求原因とするものであるから被告は原告等に対し本件事故発生の翌日である昭和三五年一月七日以降支払のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を附加して支払うべきものである。

(ロ)  よつて被告は

(1)  原告山下斧吉、同山下ゆきに対し葬儀費用金五〇、〇〇〇円(香典金二〇、〇〇〇円控除)慰藉料各金一〇〇、〇〇〇円、

(2)  原告家田政一、同家田志まに対し葬儀費用金五〇、〇〇〇円(香典金二〇、〇〇〇円控除)慰藉料各金一〇〇、〇〇〇円、

並びに之等の金額に対し昭和三五年一月七日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払う義務があるものと謂わなければならない。

(ハ)  以上の理由により原告の本訴請求は右認定の限度において正当であるから認容すべきも、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のように判決する。

名古屋地方裁判所半田支部

裁判官 織 田 尚 生

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